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長崎のお茶

日本茶の原点、長崎のお茶。
たいていの日本人に長崎のお茶のことを聞いても、「知らない」と答えると思うほど、知る人ぞ知る存在です。

しかし長崎は、お茶の歴史においてとても重要な場所です。

まず最初に日本にお茶が伝わったのは1191年、中国から帰国した禅僧・栄西が茶の種を持ち帰ったと言われています。
栄西が中国から帰り着いた場所、それは今の長崎県平戸市で、栄西はその場所に日本初の禅庵と茶畑を開きました。栄西が伝えたお茶は抹茶で、後に栄西は「喫茶養生記」という日本で最初のお茶の本を著します。

そして今、世界中で飲まれているお茶。しかし約400年前まではアジアでしか飲まれていませんでした。1610年、オランダ商人が長崎平戸で購入したお茶をヨーロッパに持ち帰り、以降ヨーロッパでお茶が盛んに飲まれるようになります。そしてインドやスリランカ、ケニアでもお茶づくりが始まります。

また150年前、鎖国から目覚めた日本で、最初に日本茶が輸出されたのは、これまた長崎だったのです。その後、ピーク時には日本茶の75%が輸出されるようになりました。

日本最古の茶畑、そして世界に広がったお茶の原点、また文明開化後の日本茶輸出の出発点、これら全てが長崎から始まったのです。

しかし残念ながら、どれも一つとしてほとんど知られていません。

現在の長崎のお茶
現在、日本茶の70%は、静岡県と鹿児島県で生産されています。また茶道などのお茶の文化の中心は京都にあります。

長崎は年間700トンのお茶を生産しています。全国の茶生産量は、約8万トンですので、1%ほどの生産量で、国内で11番目の生産量です。

長崎のお茶の特徴
長崎のお茶の特徴は、玉緑茶です。長崎で生産されるお茶のほぼ全てが玉緑茶なのです。
この30年ほどは、蒸し製法の玉緑茶がほとんどで、それ以前は釜炒り製法の玉緑茶が主流でした。

長崎の茶産地

長崎の茶産地は、県内に広がっています。
世知原町、佐々町、島原町、西海市、東彼杵町などが主な生産地です。

長崎県内で生産されるお茶の40%が、東彼杵町で作られています。

長崎のお茶の未来
長崎のお茶の未来として、まず2018年から始まった、碾茶(抹茶の原料)の生産があります。800年以上前に長崎に伝わった抹茶ですが、その後、その生産は廃れてしまいました。
しかし、近年の世界的な抹茶人気の潮流に乗り、ここ長崎でも抹茶の生産が始まった(再開された)のです。

800年の年月を超えて、新たなる挑戦が始まりました。