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隠れキリシタンと長崎

隠れキリシタン。日本では有名な言葉ですが、近年まで海外にはほとんど知られていませんでした。海外、特に西洋世界は、キリスト教が広く信仰されていますが、日本では文明開化までの300年近く、禁教とされ、弾圧を受けてきました。

隠れキリシタンとは、キリスト教の禁教時代に秘密裏にその信仰を守り続けてきた人々のことを指します。

1549年、日本にキリスト教が初めて伝わります。フランシスコ・ザビエルをはじめとするイエズス会のメンバーが来日し、キリスト教が初めて日本に紹介されました。

当時、日本は戦国時代で群雄割拠の時代でしたが、各地を治める大名の中にもキリスト教に改宗するものも現れ、一時は国内に数十万人のキリスト教信者がいたと言われています。
1585年には、天正遣欧少年使節の4名の少年(13歳〜14歳)がローマ法王に謁見するほどでした。
しかし戦国時代が終わると、キリスト教に対する弾圧が始まります。
1587年に一度目の禁教令が出され、そしてその後キリスト教に対する弾圧が厳しくなってゆきます。
そのため、ほとんどのキリスト教徒は日本中から消えてしまいました。

しかし、少数の信者が禁止令の中を生き延びたのです。彼らは隠れて250年以上も信仰を守り続けました。もちろんその間も弾圧は度々行わていましたが、それでも彼らは信仰を捨てませんでした。

彼らは戦わなかったのですが、決してその信念を捨てなかったのです。
彼らは隠れキリシタンと呼ばれ、その大半は長崎にいました。

400年後の2018年、それは潜伏キリスト教徒が残した建築物、文化は世界遺産に登録されました。

あまり知られていませんが、長崎にはこのような歴史があるのです。

戦わず、しかしその信念を捨てない。
このような強い信念は、世界をもっと平和な場所にしてゆくためには必要不可欠なものに思えてなりません。